中学校の英語の教科書やワークブック。ドイツ語、フランス語、イタリア語で解説されたサブテキストなどもあるのがスイスらしい。
スイスの中高一貫校。フランス語圏では、英語は中学校から始まるところがほとんど。
スイスの教育事情は非常に複雑だ。それはスイスは各州が自治権を持つ連邦国家のため、地域、自治体ごとにまったく異なるカリキュラムや教育プログラムが存在するからだ。しかもドイツ語、フランス語、イタリア語、レート・ロマンシュ語の4つの公用語があることから、「言語圏」によっても小学校で学ぶ言語が変わってくる。
公用語の多さから言語教育は基本的に、ほかのスイス公用語の習得が優先される。たとえばドイツ語圏では小学校5年生からフランス語を学び、中学校から外国語である英語を学習する。フランス語圏では3年生からドイツ語、中学校からは英語を学ぶ、という具合だ。
しかしその言語教育体制が、2004〜2005年ごろから変化の兆しを見せてきた。その発端はドイツ語圏の州・自治体で小学校から英語を導入する動きが次々と出てきたことにある。この地域の小学校では、3年生から英語を学び始め、フランス語は従来通り5年生から学ぶ方向に変更された。金融都市チューリヒなどのドイツ語圏には、多くの多国籍企業が進出しており、在住外国人の割合も約3人にひとりと非常に多い。また、社内での公用語は英語と定める外資系企業も少なくなく、英語が日々の生活やキャリアアップのための「不可欠言語」となってきたことが理由にあげられる。
だが英語教育を担う小学校教員たちには「頭痛の種」でもある。チューリヒの小学校で英語教育が始まった当時、チューリヒの小学校教員の61%が導入に難色を示したという。教員養成課程に含まれるフランス語の教授法には慣れていても、英語はどう教えていいのかわからずに不安に思い、また小学校からふたつも新しい言語を学ぶのは、教師にも児童にも負担が大きすぎるというのが大半の考えだったようだ。
その一方でフランス語圏は、ドイツ語圏の自治体の多くがフランス語より英語を優先しているとまゆをひそめる。フランス語圏は従来通りの外国語教育を続けており、英語教育は中学校からだ。またベルン州など、フランス語圏に隣接するドイツ語圏も同様で、小学校でフランス語、中学校から英語教育をおこなっている。
このように州ごとに大きくばらつきがある教育制度は問題も発生している。家庭の事情などで違う州へ引っ越せば、まったく異なる言語教育、教育方針に戸惑うだろうし、よりよい教育を求めて子どもを越境入学させるケースも起こり得る。そこで国は、義務教育での外国語、算数(数学)、理科は、できるだけ州・自治体で差が出ないよう調和をはかる「HarmoS」というシステムを導入すべく現在取り組んでいる。地域間の教育ギャップが少なくなることで将来、英語がスイス全土の小学生に広く学ばれることになるかもしれない。
文/小島瑞生 コーディネーション/ホリコミュニケーション
●『子ども英語』2010年5月号(アルク発行)連載「世界の小学校英語教育事情」より
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